911S
ナローポルシェこそ、真のポルシェと惚れ込んだオーナーは多い。
ナローとのつきあいは人生のつきあいであり、ライフスタイルでもある。また、希少車に乗るオーナー達の例に漏れず、彼らナローユーザーのネットワークは強力で、その知識の伝播力は、まさしく口コミという、もっとも原始的で、確実な伝達方法だ。
ナローの憧れるSサンが初めて中古車ディーラーを訪ねたときは梅雨時。生憎の雨に閉口しながらも、中古車ディーラーまわりは疎かにできない。しかも、今日は展示車を見せてもらえるように電話でアポを取っている。車の経歴や、メンテナンスポイントなどを調べるには、じっくりと話を聞かせてもらうに限る。
優良なポルシェ専門店のスタッフは、ポルシェ好きの気持ちがわかるらしく、時間があるときは確実に気持ちよく応対してくれるのである。
Sサンが狙っているナローは'69年式。ナローの価格はピンキリである。すでにデビューから四半世紀以上も経っているのだ。しかも当時は、ボディに亜鉛メッキ鋼板が使用されておらず、防錆対策などという発想はまだなかった頃のクルマだ。日本でいえば、昭和44年である。官公庁が所有するランドクルーザーFJ40が野山を走っていた頃なのだ。サビで穴の空いていないオリジナル・ボディのナローなどという存在は、博物館以外にはないだろう。
そのため、ナローの価格決定のもっとも大きな査定ポイントは程度である。オリジナル状態を維持した美しい外観をもつクルマが滅多に展示場に並ぶわけなはく、雑誌で見るナローのボディの美しさは丁寧なメンテがされているのである。 価格=オリジナルの程度とみるとわかりやすいかもしれない。
なお、エンジンに関しては、今日でも補修パーツは入手可能だから、心配はいらない。当時のドイツの先端技術の高さと先見性を垣間みるようだが、マグネシウムを含有した軽量エンジンは、将来3リッターまで拡大されることを前提にデザインされている。基本的にポルシェのエンジンを支えきれなくなって腐るまで何年でも走り続ける耐久性を持っているのだ。
Sサンは、一目みるなりこの911Sの購入を決断する。そして、予約金を払いながら彼は一つだけお願いをしたのである。
「納車をまってもらえますか」と。
Sサンは降りしきる雨に晒されるとクルマがどうなるか、これまでの展示場にあった悲惨な姿を忘れていなかった。ここなら屋内に置いてもらえる。
Sサンは、購入すると同時に、自宅に屋根付きガレージを建設中だったのである。
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